<社会福祉援助技術論 §1社会福祉援助技術の歴史的展開>



§1社会福祉援助技術の歴史的展開

過去5年間の出題頻度★★★★★

*このセッションのポイント

・対人援助の技術の歴史を日本、欧米の流れからきちんと理解しましょう。

・特に歴史上有名な人物(リッチモンドなど)運動などは○○○○年と細かく覚えるのではなく(試験には年までは問われていません)一連の流れとして歴史の移り変わり(課程)を理解しましょう。 

 §1 1章 欧米での社会福祉援助技術の歴史的展開

この章のポイント

1、社会福祉援助技術の基となった産業革命後の欧米(特にイギリス)での社会福祉援助技術の歴史の流れをつかみましょう。

2、特にCOS(慈善組織協会)、セツルメント運動など社会福祉援助技術の大きな節目となった運動・活動について年代・内容まできちんと理解しておきましょう。



(1)産業革命後(19世紀末以降)の社会福祉援助技術の歴史

まず、産業革命後の社会の背景を理解しましょう。この時期の社会の背景を理解することにより、なぜ後にCOS(慈善組織協会)やセツルメント運動が出てきたかを理解する事ができるようになります。

産業革命後の社会では、次のような社会的現象が起きていました。

1)本格的な資本主義社会の到来による「貧富の差の拡大」(今の日本もこの時代と似たようになってきていると思うのは私だけでしょうか?)


2)都市の活性化、資本の集中による「人口の都市への流入」


3)工場などでの厳しい労働条件による「病気と貧困の拡大」


4)都市への人口集中による都市での「貧困地区の発生と拡大」


5)貧困による犯罪や非行の増加


以上の様に資本主義社会のひずみというべき現象が広がっていったのです。

このような社会のひずみに対し、イギリスでは1834年に改正エリザベス救貧法を施行しましたが、もはやこのひずみは国家の救貧活動のみでは対応することが困難なほど深刻化していたのでした。


そこでこのような社会のひずみ、暗の部分を救うために個人の慈善・博愛としての活動が組織化され運動として発展していったのです。


この時期の最初の頃の民間社会福祉組織とてして押さえておきたいのは、

「慈善組織協会 COS(Charity Organization Society)」

になります。(以下COS)


COSは、

1)救済対象者へのきちんとした調査

2)複数の救済機関の密な連絡調整

3)友愛訪問員と呼ばれたボランティアの活用

などを特徴としていた組織でした。


この組織は、後に1877年アメリカのバッファローという地区に移入され、大きく発展することになります。


また、この組織が行った

1)個別援助

2)社会福祉の調査

3)ソーシャルワーカーを育てる


等の活動は、後の社会福祉援助技術の基本となるような大きな力を与えたのでした。


次に、押さえておきたい運動として、1884年イギリス トインビー・ホールや、1889年アメリカ ハル・ハウスなどで行われた

「セツルメント運動」

があげられます。


セツルメント運動とは、社会福祉が対象とする援助者は、援助が対象となってしまった原因は、その個人のみであるという考え方ではなく、彼らを取り巻く様々な社会環境にもその原因があり、その社会環境の原因を取り去ることによって、援助を行うという運動になります。

特に有名で押さえておきたいのが

●イギリス トインビー・ホールの初代館長 バーネット

●アメリカ ハル・ハウスを設立した J.アダムス(ノーベル平和賞受賞)


になります。このトインビー・ホール バーネットと、ハル・ハウス J.アダムスの組み合わせはよく試験に出ていますので、しっかり押さえておきましょう。